ゴールデンウィーク(2日目)

ついに始まったゴールデンウィークなのだけども、例年と変わらず微妙な充実感である。
遠くの予定を立てるのが絶望的に苦手なので、連休を使って上手に遊ぶというのが本当にできない。突発的に思いつきで、結局一人で出かけることになってしまう。僕だって本当はハワイに行きたいのだ。

あと最近は「ワ」「ウィ」ときて「wu」と日本語で書きたくも書けないことに心底絶望してます。「う」じゃないし「む」でもない。「渋谷Womb」とか「渋谷ウーム」じゃ変でしょう。そろそろ新しい50音を発明してもよいころなのでは。

 

土曜日に見た「ザ・スクエア 思いやりの聖域」という映画が本当におもしろかったので、是非色んな人に見て欲しい。
http://www.transformer.co.jp/m/thesquare/
ざっくりいうと善意とか正義とか、そういうものがテーマ。
「よかれと思って」とか「悪気は無かった」とか、ぼくは生活の中で割と考えてしまうのだけれど、それって実際どうなのよ?っていう部分をひたすら問われた気がする。
ものすごく知的かつシュールで、所謂エモい部分を徹底的に排除していた。というか、そういう感情の部分でなあなあにしちゃいがちな所を、ひたすら考えさせられるように作っていて、監督は本当に頭がいいんだろうなーとか頭の悪いことを考えてました。
緊張しっぱなしな映画は沢山有るけれど、この映画は弛緩と緊張の構成があまりにも見事で、ちょっとびっくりしてしまった。
あとは、北欧にも浮浪者は沢山いるんだなーって。

 

今日はずーーーーっと家にいて、夕方になってからピザをとったり、少しだけ犬の散歩に出かけたり、おまえそれでほんとに大丈夫スか?って感じの一日でした。さすがに堕落が過ぎると思い、購入以来一度もまともに使えてなかったableton live(intro)で曲を作ったりしました。
https://soundcloud.com/daisuke-akai-1/v028j87wbuyc
そろそろ歌の入った曲を作ってみたい。

 


Vince Guaraldi Trio - Christmas Time Is Here (Instrumental)


若林恵の『さよなら未来』が爆裂的におもしろくて、内容は基本的にwiredの巻頭文とかweb版のコラムみたいなのが中心なんだけれど、その中に5,6ページくらい個人的なブログとしてやっていたらしいディスクスクレビューの項が合って、そこで紹介されていた一曲。(なにより、ディスクレビューも最高におもしろい。)
まあ、いかにも〜なジャズだけれど、ぼくはこういういかにも〜な曲が大好きなのですよ。ジェリー・マリガンのNight Lightsとか、ビル・エヴァンスのSoireeとか。タイトルにクリスマスってがっつり入っているだけあって(というかアルバム自体が完全にクリスマスものですな)、冬の夜に聴いたら最高であることから相対的に「春に聴くには微妙」という意見が非常によくわかる、というかこれは僕の今の思いなのです。
そしてこの曲(とアルバム)が、Peanutsのアニメ映画のサントラである、というところがもう最高。この曲をサントラに起用できる監督のセンスやらなにやらに大拍手です。

こっちは実際のアニメのシーン(歌入り)


A Charlie Brown Christmas - Christmas Time is Here Song



 

先週ここに上げる2曲には共通点を持たせたい、と言ってしまったのでどうしようと悩んいるのだけれど、さよなら未来のレビューに載っているものか、アニメのサントラか、悩みどころ、ということでコレに。


Antoine Boyer - Christmas Waltz

アントニオ・ボイヤー(多分)という、なぜだかFacebookでたまたま見つけたクラシックギターのプレイヤーなのだけれど、「Christmas Waltz」というステキな曲。クリスマスつながりでしたね。それにしてもクラシックギターの人の左手の動きって恐ろしいよね。メジャー7とマイナー7くらいしか押さえられない身からすると、いったいどんな鍛錬を積めばあんな、工場みたいな動きができるのだろうか不思議不思議です。

 

 

ついでに、クラシックギターで言えば、この動画も大好きなのですよ。


Julio César Oliva. Sonata del Amor. Part I. Arcoiris


多分(少なくとも撮影当時は)アマチュアの女の子。Julio César Olivaという名前らしい。ジュリオ・シーザー・オリヴァと読むのだろうか。キャプションに15歳(2010年アップ)って書いてあるので。いまは23歳か。だいたい同い年だ。何人なのか全く判らないけれど、なんとなくブルガリアって感じがしませんでしょうか?適当だけれど、顔立ちとか、すらっと長い腕あたりが。キャプションを見る限り東欧系ですかな。やっぱり整然とした指の動きと、このダイナミクスはほれぼれする。

 

 

石の上で気づくこと

広告業界という場所が嫌いだ」ということに、ようやく気が付いた。

 

大学の3年生で就職活動を始めるにあたり、好きなこと×仕事になりそうなもの、という視座で考えた末、コピーライターなんか良いじゃないか、と当時の僕は考えた。
どうしてそんなことを考えついてしまったのか。仲の良い友達が目指していたから。言葉を扱う仕事である=つまりなんとなくクリエイティブな感じがかっこよかったから。言葉が好きだったから。広告というワードを避けるのであれば、理由は色々と思いつく。
親に高いお金を払ってもらい講座に通っては、その日の優秀者に渡される「金の鉛筆」に本気で喜び、登壇する講師達のどこか飄々としながらも熱い知性に胸を打たれては、彼らの教えを忠実に守った(時期もあった)。名作コピーをまとめた本を眺めてはああ、なんてステキなんだ。かっこいいなあ。と本気で心酔した。

それから、就職活動がうまくいかずアルバイトをしながら、やっとの思いでコピーライターとして入った会社を半年でやめたあと、親のツテを使い広告代理店に営業職として入ったのが去年の7月だった。とりあえず業界の中で経験を積み、それを生かしてクリエイティブ職に転職しよう、とぼんやりと考えていた。
しかし、ここで僕は気がつく。


24年間の人生で、広告(やそれに類するもの)が好きだったことなんて、ただの一度もなかった、ということに。


名作と呼ばれるコピーに胸を打たれたのは本当だったが、それはあくまで言葉の使い方やポスターのデザイン、CMのシナリオに感心していたのであって、「広告」という企業が行う経済活動を眺めたことは一度も無かった。商品がどれだけ売れようが、企業の好感度がどこまで落ちようが、そんなことは本当にどうでも良かった。(ついでに言えば、今もそう思っている。)

 

しかしなんというか、よくぞここまで気が付かなかったものだ。ここに辿り着くまでに3年近くも費やしてしまった。高校生の間ずっと考え続けていたことを卒業を目前に霧散させてしまったのだ。あまりに笑える。
少しだけ惨めなのでちょっとだけ僕の3年間を擁護してみよう。
まず、『コピーライター養成講座』なんてものに通ってしまったのがいけなかった。同じ志を持つ若者が集まり、授業を受け、酒を飲めばそりゃあ熱くもなりますよ。そして、講座の内容だてなかなか捨てたモノじゃ無かったように思う。何せ○十万という単位ですので、そりゃ無駄にはできない。現状無駄だとしても、これからどうにかしないとイカンです。全然擁護できていない。まあ、こんな世界があった、友達もできた、それでひとまずOKということにしよう。コスパなんて考えていては真人間になってしまう。

 

んで、色々とあり広告業界で真面目に仕事をしてみた結果がコレでしたというわけ。
もちろん、まだまだ下っ端も下っ端、仕事の旨みを味わっていないし、心棒に触れるまではあと10年はかかるぞ、と言われればそれはまあ正しいのだろうけれど、いかんせんモチベーションを支えるものが全く無いのでは厳しい世界。
TVCMも、ポスターも、WEBサイトも、プロモーションイベントも、ダイレクトメールも、タレントも、ほんとは全然興味なかった。プロモーションに使われる音楽もミーハーっぽいな、とか思って少しバカにしたりもしてる。なんなら全てのコンテンツ、プロダクト、サービスから企業の名前とロゴを消してしまえばいいとさえ思っている。というのは言い過ぎにしても、やっぱりどうだか、興味が無いものを好きになるのはなかなか難しいですな。

 

こうして、自分の過去や現在に不平を垂らしているのは「何となくうまくいっていない」という認識があるからで、もし順調にコピーライターになって、あまつさえ広告賞みたいなものに引っかかっていたりしたら、多分今みたいな感想は漏らしていないだろう。「ああ、この業界に飛び込んでよかった!」「厳しい世界だけど、生き抜いてやるぞ!」とか思っていたのだろうか。もしかしたら「あれ、広告好きだったことなんてあったっけ?」と気が付くまでに、10年くらいかかっていたかも知れない。(それはそれで正しい道だけども)そう考えると、今の情況も少なくとも最悪ではないと思える。人間前向きに生きなければいけない。前はどっちだ。僕はいったいなにが好きなんだろうか。やっぱり音楽か。

 

今週はざっくりと、金曜日の夜は日比谷TOHOでレディプレイヤー1を見た。土曜日は午前中仕事にかり出され、午後は髪の毛を切ったり本を読んだり、非常にのんびり。日曜日は大谷さんと目黒シネマにて大林宣彦特集で「花筐」と「HOUSE」を見たあと、新宿に移動し御苑を少し散歩して、夕方ごろ解散。自宅にて餃子を食す。

 

せっかくなので、並べる2曲には何らかの共通点を持たせているのだけれど、今回は若干無理矢理で、〈2ワード以上使ってるぽいけれど、間にスペースが入っていないミュージシャン〉

一組目はKIDSAREDEAD
カタカナで書くと、キッズ・アー・デッド

https://soundcloud.com/botanical-house/kidsaredead-she-loves-me
Vincent Mougelというフランス人により一人ポップユニット。いわゆるCorneliusスタイル。lamp主催のボタニカル・ハウスってレーベルから出しているみたいです。海外のアーティストを日本のレーベル(しかもインディ)からだすのって、あんまり話を聴かない気がするのだけれど、それ自体はそんなに珍しくないのかな?そのあたりはよく分からないけれど、とても切なくて良い曲です。トラックや聖歌隊のようなコーラスの浮遊感に対して、地に足が着いたしっかりとした歌声がぐっと来る。おまけに泣きのギターソロ。本当に最高だ、、、。

 

2組目はJameszoo
カタカナでかくと、ジェイムス・ズー


Jameszoo - 'Flake'


こっちもミシェル・ファン・ディンサーって人の一人ユニット。またもやCorneliusスタイル!みんな大好きBrainfeederで、エレクトロベースのポップスとサウンドアート系っていうか実験音楽を9:1くらいので混ぜた感じの人。もう色んな音がまぜこぜになっていて、相当クセは強いけど、メロはそれなりにキャッチー。音の使い方が相当キュート。攻めまくりの曲達。最高ですな。やっぱりベースはジャズのようで。アルバムにはサンダーキャットやらリチャード・スペイヴンやらが参加しているので、もちろん演奏は文句なし。

 

The Great Journey(上野はつ)

今週はなんというか、これが節目になると嬉しいな、と思う終末だった。

金曜の夜は会社を出た後六本木のTOHOで『グレイテスト・ショーマン』を見た。
ストーリーは特にどうということはないけれど、感動どころが全く判らず。主人公がひたすら野心家なだけであって、それ以上でもそれ以下でもない。なんだろう、「オレも野心家だから共感するわ〜」って感じなのか。それともフリークス(劇中に登場する歌って踊れる変わり者達)に移入するところがあったのかな。ミュージカルなのでストーリーはどうでもいいのだけれども、肝心の音楽が微妙すぎて驚いた。ヨーロッパを代表するオペラ歌手が出てきてセリーヌディオンみたいな曲を歌いだしたのは斬新でおもしろかったです。


嫌いなトーンの作品だなってことはティザーの段階からなんとなく判っていたけれど、filmarksとかtwitterのレビューを見てると、「ストーリーは微妙だけど、音楽とダンスが最高過ぎました!!」みたいなコメントで溢れかえっていたので、みんなああいうのが好きなのか、とその点に関しては発見があってよかった。アナ雪のレリゴーとか、みんな雰囲気で盛り上がっているだけだと思っていたけど、そうじゃなかったみたい。本当に良い曲だと思って聴いていのだな。

 

土曜は英語のお勉強のあと、たまたま目に入ったビレッジヴァンガード・ダイナーでハンバーガーとオニオンリングを食べたら2000円もして驚いた。今週は驚いてばっかりだ。
その後大谷さんと合流し「科学技術未来館」に行き、閉館までの1時間半だけ楽しむ。ゆりかもめで新橋に戻り銀座まであるく。たまたま資生堂のギャラリーでやってた蓮沼執太の展示やらを見た後(蓮沼フィル入りたい)、銀座線で上野へ。銀座で食事できるほどリッチじゃありませんで悲しいような安心するような。たとえお金に十分な余裕があっても、銀座でディナーとしゃれ込むのは年に一度とかでも多いですな。
上野の居酒屋のうるさすぎてちょっとすごかった。若者よりも年配者の方が声が大きいのです。多少嫌なこと(うるさいのが嫌な訳じゃ無いけれど)もたまには良いですな、といった感じ。そのあと喫茶店に移動し、(ここもまた喫茶店の割にうるさい)解散。不忍池を眺めながら湯島まであるく。

 

日曜はちょっと驚くほどぐーたれてしまった。今週は驚いてしかいないなあ。
11時頃めざめ、ぐだぐだしたのち焼きうどんのようなモノを作り、気づくと13時。この気づくと○時というのが恐ろしいものです。その間なにしてんのって、ほんとに主体的には何もしていないに等しいので、恐ろしきNETFLIX。その後いぬを散歩につれてって上げよう、と思いながら30分くらいウトウトしてしまい(食後はねむいよね)こんどこそ!とシャワーを浴びるもそのままベッドに倒れ込み、犬と一緒に1時間くらい再ウトウト。目覚めた後もイマイチ頭が覚醒しないが、日曜日はジムへ行かなければならないので、(なんせ毎月8000円も支払っていますので。)頑張って泳ぐ。帰宅後夜ご飯を食べ、再びNETFLIXでパシフィックリムを見る(たのしい)と気づけばこの時間です。

 


ついに来たキリンジ


キリンジ - Drifter

キリンジファンの中では、エイリアンズと対比されることが多い名曲。エイリアンズは弟の曲で、こっちは兄の曲。 MVも少し似ていたりする。サビの頭で平然と「鬱」って単語を使えたり、こどもの泣く声が踊り場に響いていたりさすがとしか言えない表現力。(雑ですね)そして最後の「ムーンリバーを〜」の下りがあまりに秀逸なのです。この瞬間のためにそれまでの4:30が存在しているといっても過言ではない。エイリアンズがヒットした人は必ずはまると思います。

 


KIRINJI - The Great Journey feat. RHYMESTER

こっちはKIRINJI feat.ライムスターです。
種としての人類の進化・繁栄と、円山町のラブホテルに向かう恋人達が円環の中でつながっている、というなんというか非常にわかりやすくも、良い曲。いやもう単純にかっこいいですな。ヒップホップとして聴けるかと言われると、「いやそうじゃないんだ、これはスチャダラと一緒で、、」といった感じだが、つまるところ非常に好み。
僕も君も、人類の偉大なる旅路の途中にいるのだ。

 

東京の東

東京の〈西側〉と(東側〉とでは、街の雰囲気が違いすぎる。

幼稚園に通っていたころから現在に至るまで、僕の生活の殆どは東京の西側で行われている。幼稚園、小学校、中高大学に至るまでだいたい似たような地域で完結させ、出かけるとなれば渋谷か新宿(まあこれは仕方ないかもしれないけど。)完全に根を下ろしてしまっている実感がある。
対して東側はその生活の隙間隙間に入りこむ、ちょっとしたイベントのような役割を果たしていた。母の実家が葛飾区の立石にあったので、小さい頃は毎週末家族で遊びに行っていたのを憶えている。その立石の家は既に取り壊されてしまっているが、墓参りや法事の時は蔵前のお寺に行くので今でも少しだけ特別な地域という認識がある。
高校生のころ、一時期妙に隅田川に通い詰める時期があり(今でも大好きだが)毎週末自転車で月島のあたりをうろうろしていた。

 

土曜日は渋谷のシネパレスで『ダンガル』を見た後、あーや、奥田、ノンタン門前仲町で焼き肉を食べたる。その後近くの缶詰バーに移動し、だし巻き卵の缶詰などを食べた。
東京の〈西側〉、例えば下北とか、吉祥寺とかが一つの街としてパッケージングされその地域に見合うようなお店や企業が存在しているのに対して、門前仲町などの〈東側〉は一つ一つの商店、会社、道路が集合することによって、街としての形をなしているように見える。なのでざっくり〈西側〉と区分したとしても、色んなタイプの町があるのでどんな感じであるか、と一概に決めつけることができない。しかし東側は《個の集合》によって形作られているので、どこを切り出してもだいたい似たような雰囲気がする。いろんな色を混ぜるていると結局黒になってしまうのと似ている。

 

東側の建物はだいたい新旧の2タイプに分けることが出来ると思っている。
一つ目は、小さな事務所や雑居ビル、個人経営の居酒屋と、やたらと電飾の数が多いパチンコ店など。いかにも『昭和』と言った感じのオールドスクーラーたち。
それに対するは、湾岸エリアのタワーマンション、おしゃれなカフェ、そしてベンチャー系企業のニュースクーラー達。そして新旧どちらも「個人」の色が強い。
この新旧の隔たりは大きい。というか、その中間に位置する(と勝手に考えている)、マクドナルド、TSUTAYAなどチェーンのお店の力が弱いように見える。いや、実際に売り上げや店舗数は西側と比べても大して違わないのだろうけれど、景観として街の中に馴染むことができていないように見えるのだ。(今更だけども、ここまで書いた内容全てが僕の感想(見える、思える)でしかないのは、どうなのだろうか。別にいいか、ブログだし。)
逆に言えば、西側の存在する街の大枠を構成しているのは「チェーンの店舗」なのかも知れない。個人によって作られる東に対して、大企業によって作られる西側だ。

 

日曜はかん、かんの彼女のえりささん、ICUつながりで陣内さん、たけたけさん、えりささんの中高の時の友達の、いずみさん、ひろなさん、わっしーで井の頭公園で花見→陣内さんの家で人生ゲーム→かんの家でレトルトカレー&ハヤシライス食べ比べを行う。
奇跡的にギリギリ桜は残っていたので、お花見と書いてもまあ大丈夫なはず。友達の友達同士が集まって飲んだりする、なんだか若者然とした一日だったけれど、こういうのもたまには良いですな。それにしても楽しかったし疲れた。

 

今週はせっかくなので、2曲ともかんに教えて貰った曲で、2曲とも僕が馬喰横町(東側の町)で働いていた時ヘビロテしていたものに。


柴田聡子-いきすぎた友達MV

いきすぎた友達/柴田聡子

 

他の曲はイマイチピンと来ないのだけれど、この曲は大好きです。最初から最後までずーっと彼女のおもしろすぎる作り話を聴いているような気分。本当か嘘かなんて、どっちでも良いじゃないの。

 


イ・ラン − 世界中の人々が私を憎みはじめた

世界中の人々が私を憎みはじめた/イ・ラン


韓国のシンガーソングライター。韓国語がこんなに美しい音の言語だということを初めて知った曲。所謂K-POPアイドルもの以外で、韓国の音楽とふれあう機会が殆ど存在しない日本そして東京だけど、R&B ヒップホップ先進国である韓国にもこんなアコースティックのステキな音楽があるのです。韓国のグラミー賞と言われる、「韓国大衆音楽賞」を受賞し、その場で盾だかメダルだかをオークション形式で売り払ってしまったニュースが少しだけ話題になったひと。貧しい国の芸術家はやっぱり相当苦しいよなーと思うと同時に、「素晴らしい作品に対して正当な評価を与える」という点において、日本は相当遅れをとっているように思う。というか構造的に永遠に行き着かないのではないんだろうな。芸能プロダクションが没落する日はくるのだろうか。(そしてそれは本当に芸能の日の出になりうるのだろうか???)

日本アカデミー賞日本レコード大賞も、毎年心待ちにしている日本人がいったい何人いるんだろう。